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<   2011年 02月 ( 6 )   > この月の画像一覧

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 bbb様

 立山連峰を背景に富山の梅がほころび始めたというニュースを目にしました。日本は春、解禁に向けて心が弾む頃かと思いますが、お元気ですか?

 今さっき、Dillonのパタゴニア・クレージーセールから帰ってきたところです。日ごろから20%から30%オフなのに、その値段からまた40%オフになるのでもうお店は狂気の世界。実は昨日いこうと思っていたのが大雪でいけなくなり、今日もこっちは5、6インチの雪でいこうかどうか迷っていたのですが、マジソン川のライオンズ・ブリッジあたりからまったく雪がなくなり、Twin BridgeもDillonもSummer!! かと思うほど穏やかな天気で雪のひとかけらもありませんでした。雪のウエスト・イエローストーンにかえる途中に「グレン・ブラケットさんはじめこのあたりの人が優しく親切なのは、宗教的なことよりも天候が穏やかだからかも」とリックに話をしたら、妙に納得していました。

 「ふらい人」2月号拝見させていただきました。フォトギャラリーには初冬のマジソン川がたくさん出ていていましたね。あれをみると、「これから冬がくる」という恐れというかさびしさというかを感じてしまいます。
 1月は4日しか太陽がでませんでしたから、本当に鬱のようになり、家にいて怠け者のくせに頭痛や肩こりが絶えず、とうとうビタミンDのサプリメントをとることになりました。2月に入り少しずつ日も長くなり、ときどき暖かな太陽をあびると本当に気持ちも体も元気になるような気がします。きっと氷点下の日々で緊張していた体中の筋肉が緩むのだと思います。

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by flybito | 2011-02-26 19:47 | 海外のフライフィッシング

#5 SHIMAネット

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 つるや釣具店のハンドクラフト展で見つけたランディング・ネットに惚れ込んだ。SHIMAネットというブランドだ。たぶんシマさんが作るランディング・ネットだから、シマネットなのだろうが、ぼくが連想したのは「シマドウフ」「シマラッキョウ」「シマザケ」だった。
 沖縄では名産品とおもわれる物品、もしくは沖縄固有の生物に、とりあえず「シマ」を冠する習慣がある。珍品好きな観光客がありがたがることを知っているから、なんでもかんでも「シマ」をつける。那覇の居酒屋のメニューにはきっと「シマダコ」とあるが、なんの変哲もないただのタコである。ちなみに与那国島には固有種の馬がいるけれども「シマウマ」とはいわない・・・・・・なんてことはまるでハンドクラフト展とは関係のない話なのだが、沖縄びいきのぼくがどこか固有な響きを聞き取った「シマネット」は事実、極めて個性的であり、 一流のアートであり 、かつ、しっかり遊んでいるし、そして、きっちりと魚を掬う道具に見えた。
 シマさんは、まずは従来のランディング・ネットの形状を否定することから始めている。魚を掬うネットは魚釣りのながい歴史のなかで、あのティアドロップ形に落ち着いていたはずだった。片手にロッドを持つとなると、残りの片手でネットを扱うしか方法がない。だからこそ片方の掌で握ることができる細さの柄が必要で、その先に魚のおおきさを想定したネットが取り付けられるわけだ。しかしそれにしても世にあるランディング・ネットはその掟に従順すぎて、まるで無個性がネットの形をまとっているといってしまいたいほどである。

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by flybito | 2011-02-19 19:23 | アウトフィット
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「トラ・トラ・トラ」以来、ぼくにとって山村聰は山本五十六でありつづけ、後年、小津安二郎が大好きになって『宗像姉妹』や『早春』を名画座で観たときは、どうにもしっくりこなかった。
 という程度の感想が山村聰のすべてであった。つい先日「釣りひとり」(二見書房)を読むまでは。
 この本は2月号からふらい人に参加される川野信之さんから薦められた。 新刊はないが、版を重ねた本なので「非常に良い」古本を手に入れることができた。 ぼくはハウスダスト・アレルギーなので、古本はよほど吟味して手に入れなくてはならないのだ。アマゾンでいえば、「良い」ではダメで「非常に良い」でなくてはならない。「可」はネットの画面で文字面を見ただけでくしゃみが出そうになる。
「釣りひとり」を読んでいる間、ぼくの口からはいちどもくしゃみが発せられることはなく、代わりになんども盛大な溜め息が出た。溜め息はおもに、失われた日本の美しい釣り場への郷愁と、山村の文章力に対してのものだった。
 この本が出版されたのは昭和49年、いまから37年前のことだが、山村が語るおおくはそのさらに前の時代のことである。山村自身は最終的にへらぶな釣りにのめり込んだが、この本にかぎっていえば、なぜか海の釣りに印象的な文章がおおい。ことに『江戸前の釣り』のなかの『青ぎすの脚立釣り』は短いながらも、全編中の白眉である。であるから、ここに全文を引用する。
 というような荒技ができるのも、21世紀のネット/デジタル世界ゆえではあるが、しかしぼくたちは、その代償として、おそらく下のような世界を失っている。

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by flybito | 2011-02-12 00:00 | ふらい人の書棚

#3 ふらい人の甲乙

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 釣り人には2種類の人種が存在している、とおもう。白人と黒人のように、簡単に見分けがつけばわかりやすいが、どちらもまぎれもない日本人だから見かけだけではわからない。でもいっしょに釣っていると、なんとなくわかってくる。
 甲種を「漁師型」、乙種を「抒情型」とぼくは呼んでいる。
 漁師型の特徴は、
「おおきな魚を、あるいは数多くの魚を、釣るために釣りをする」ことであり、
 抒情型の特徴は、
「魚釣りの周辺のすべてをひっくるめて愉しむ」ことである。
 話をフライフィッシングに絞ってみる。フライフィッシングは「魚釣りの周辺」という世界がとてつもなく広い。水生昆虫の種類や棲息環境、羽化形態などに興味を持ったあげく、釣りをしている時間より、川底の石裏を調べる時間がながくなったとき、釣り人は釣り人ではなくなり、ひとりの昆虫学者となる。
 あるいはフライロッドを操ってラインを前後させる力学そのものに魅せられてしまった釣り人。キャスティングはそれだけで一つの完結した遊びであり、釣りに行く必要などなくなってしまうのだ。あるいはフライタイイングにアートを見いだす者もいる。バンブーロッドの自作に夢中になってしまう者もいる。
 フライフィッシングはかくも無限の周辺を持つ大人の遊びである。したがってフライフィッシングをする釣り人はなべて乙種「抒情派」である、といってしまいたいところだが、しかし世の中、そうそう理屈で割り切れるものではないから困る。
 じつはふらい人のなかにも漁師型と抒情型の2種が混在しているのだ。これは一見「釣り人のマトルーシュカ人形化」のように見えるが、じつは「マトルーシュカ人形化」ではなく「コロンブスの卵化」なのであって、「ふらい人が釣り人である以上は甲種か乙種のどちらかに属する」という、論旨の出発点にもどるわけなのであるが、こんなふうに理屈ばかりをいつまでも語りつづけていても埒があかないから、話をわかりやすくする。 

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by flybito | 2011-02-06 00:00 | エッセイ

#2 春の案件

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 昨日、夕方の6時過ぎのことだ。オフィスのフロアひとつ下にいるIさんから内線があって、
「いま、ちょっと時間ありますか?」
 というから、階段を下りていったら、
「釣りのことなんですが」
 と持ちかけられた。
 Iさんとは仕事でも日常的に関わり合いがあって、会話の初めにまずは、仕事か、釣りかを明確にしなくてはならない。
 昨年、ぼくたちは春先の雪解け前に、出かけるべき川に行って、氷雨に打たれ、すこしだけ釣れて、釣れなかった分たくさん酒を飲んだ。ほとんど愉しい思い出はなかった。酒はどこで飲んでも愉しいから、わざわざ遠くに行って飲む必要なんてないのだ。
 しかし愉しくなかったからといって、釣りを止めるわけにはいかない。
 それがぼくたちふらい人の苦しいところだ。
 打ち合わせコーナーのソファに向かい合って坐って、その場で名古屋支店の同期Gに内線を掛けたが、出ない。
「出ない。仕事してるのかもな」
 会社の仲間が、ソファのまわりを行交うが、おなじビルでもひとつのフロアに400人ちかくいるから、ひとつフロアがちがうだけで、知らない顔ばかりになる。
「あらっ、bbbさん、お久しぶりです。今度はどんな案件ですか?」

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by flybito | 2011-02-05 00:00 | エッセイ
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田中さん(ふらい人の愛読者、だとおもう。以下T):アダムスって、人の名前だって聞いたんですが、ぼくも自分で作ったフライに自分の名前を付けてもいいのものでしょうか。
エルモン仮面(おそらく水生昆虫から進化の途中で突然変異したとおもわれる。当然水生昆虫の味方であり、鱒を激しく憎み、絶滅を目指している。敵の敵は味方ということで、現在はふらい人陣営についているが、キャッチ・アンド・リリースについては、ここでは紹介できないほど汚い言葉でふらい人たちを罵っている。日和見的な性向もあって、油断できない。以下EM):なるほど、田中さん、なかなかの野心家ですね。ところで、友達といっしょに釣っているときに、相手が釣れて、自分が釣れないときってありませんか。もしかして田中さんの場合だと、逆がおおいのかな?
T:いやあ、たしかに、だいたいぼくの方が釣れてるかなあ。
EM:さすがですねえ、いっしょに釣りたくないタイプだなあ。
T:いや、それほどでもないけ(ここでエルモン仮面、田中さんの話を遮る)
EM:はい、はい、わかりました。では、もしあなたが釣れたとしますよ、いつものように。
T:ええ。
EM:そのとき友達はあなたに「なに使ってる?」って訊きませんか。
T:そうなんです、ズルいんですよ。
EM:で、なんて答えますか?
T:まあ、仕方ないから教えますね、「エルク!」とか。
EM:ですよね。で、もしそのフライが田中さんが開発されて、ご自身の名、つまり「タナカ」と命名したフライだったら、どうなりますか? 「タナカ!」って川向こうの鈴木さん(ここでは実名は伏せさせていただき、仮名にさせていただいています)にいったら、「オマエの名前なんて聞いてねえよ。自分だけ釣れてるからって、ふざけてんじゃねえよ」ということになりませんかねえ。
T:たしかに、釣れてないと、すぐにひねくれますものねえ。
EM:というわけで、フライにご自身の名をつけると、せっかくの友情にヒビが入りかねないリスクがあって、わたしのお薦めとしては、「ポチ」とか「ハナ」などのペット系の名です。そうすれば、釣れていない鈴木さんもなんだかほんわかとした気分になって「なあんだ、ポチかあ。ポチじゃあしかなたないなあ、良かったらこんどぼくにも巻いてきてくれないか」というように、友情がさらに深まるというものです。
T:そうかあ、さすがエルモン仮面さん、人間関係の達人ですね。
EM:ほんとうは人間関係ではなく、カゲロウ関係専門なんですがね。
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by flybito | 2011-02-01 00:00 | エルモン仮面に訊け